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    アトピー性皮膚炎手記 途中経過 31歳

    2010年9月30日
     

    <松本医院で治療を受けるまでの経過>

    5~6歳
    細かなことは記憶していませんが、年間を通じて鼻がつまっており花粉の季節には1週間に2~3回は耳鼻科受診をしていました。アトピーに関しては、若干、膝窩に湿疹が出ていたぐらいだったと思います。耳鼻科にて内服薬をもらってはいたものの、抵抗感があり少量内服しては残りの殆どを親に隠れて捨てるということをしていました。とにかく鼻の症状が激しかった記憶が強く、外用薬は全く使っていなかったと思います。

    ~12歳
    小学校低学年では、引き続き鼻炎の症状が継続しており授業に集中するのもままならない状態でした。また、鼻が詰まっていたため食事をしても味が分からないことが多かったです。学年があがるにつれて、鼻炎症状は軽快し卒業時には耳鼻科受診を全くしなくなるくらいまでになりました。一方で、アトピーの症状が徐々に強くなり、低学年時には酷くなった際に皮膚科受診していただけでしたが、高学年時には定期受診となっていました。湿疹の出現部位は、膝窩・前肘部・鼡径部から顔面・頚部・肩部に移行し、この頃になると週に1~2回ぐらいはアルメタ軟膏の使用を始めていました。抗アレルギー剤などの内服薬も処方はされていましたが、外用薬に比べて効果が実感できなかったためか、全く真面目には飲んでいませんでした。

    ~15歳
    アトピーの症状は、顔面・頚部・頭部に集中して出ていました。乾燥に弱く、症状の波によっては苦痛になることもありましたが、体育授業は普通にこなしテニス部にも所属し、冬季にはスキーに何度も出掛けるなど活発な生活を送っていました。3年生になりクラブ活動などのスポーツを止め勉強詰めの生活に切り替わると、肌の乾燥が強まり弱くなったという印象はあったものの、徹夜勉強をしたからといって急激に症状が悪化することもなく、ステロイドのクラスが上がることもありませんでした。内服薬については、小学校高学年の時と同様に殆ど飲んでいませんでした。

    16歳時
    高校生活という環境の変化によって、アトピーの症状が一気に悪化しました。
    私立の進学校に入学したため、睡眠時間が十分に取れない毎日が始まり、クラスメートとの競争という今までに意識することのなかった心理的なストレスが加わり、入学からわずか3ヶ月で約1ヶ月の入院生活を余儀なくされました。その際は、顔面・頚部に激しく発赤が出ただけでなく全身に症状が及びました。入院治療は、ステロイドの強度をあげましたが効果が出なかったため、一旦ステロイド中止としリバウンドを経過観察するというものでした。しかし、前額部全体・両耳のただれが酷く、結局はステロイドを使うという治療でした。内服薬については、色々と調節を試みたものの、眠気が出てしまい学生生活に支障が出てしまうため継続した服薬には至りませんでした。結局、そのような体では学生生活についていくことができず2年生の1学期をもって退学することとなりました。

    ~19歳
    身体的にも精神的にも負担の少ない単位制の高校に編入したためか、みるみる症状は軽快していきました。一時期、強酸性水の治療も行いましたが目立った効果は得られず半年くらいで止めました。ステロイドの治療についても、入院時のリバウンドの恐怖があったため皮膚科から足が遠のき、母親の知人の紹介で週3回程度の針治療を受け始め、自然とステロイド離脱状態となっていました。針治療の効果は実感できなかったものの、症状コントロールはよく中学生の時のように活発な生活を送ることができていました。

    ~22歳
    高校卒業後、就職してから症状悪化が始まりました。友達の紹介の皮膚科に通い始め、ステロイドとの付き合いが再開しました。体にはリンデロン級を薄めたものを、顔面にはプロトピックを使用していました。内服薬については、仕事が肉体労働だったためか選択が上手くいきポララミンを継続して使用していました。

    ~26歳
    就職はしていたものの、医療職につきたい思いがあったため、1年間の浪人生活ののち3年制リハビリ養成校に入学。またしても高校時と同様に勉強詰めの生活となり、睡眠時間が3~4時間の臨床実習を4ヶ月こなす時期もあり、更に卒業論文、卒業試験、就職試験、国家試験など心身ともに強いストレスを受け症状はみるみる悪化しました。臨床実習が終了した就職活動の時期には、今まで使用してきたステロイドが全く効かない状態となっていました。通っていた皮膚科では何の手の施しようもない状況でしたが、私としては高校と同じように2度目の退学は許されるものではなく病気に負けたくない一心で、この時期を乗り越えました。

    26~31歳
    就職してからも、学生時代の代償が残っており顔面を中心とした症状は安定しませんでした。母の勧めにより高知にある有名な病院の受診をしましたが、健康食品が高額で生涯継続して治療することが困難であることと医師の高圧的な態度に疑問を覚えたため治療開始には至りませんでした。その状況に見かねた友達からの紹介で、通常のステロイド治療にビオチン内服を加えた治療を受けることになりました。外用薬は、体にマイザー級、顔面にはリンデロン・抗菌剤・ワセリンを調剤したものを、内服薬については半年間ほど色々と試した結果、ジルテック5mgに落ち着いて治療をしていました。この間の症状は、2~3週間単位で波を繰り返すという状態で、自分でステロイドの量と頻度を調節しながら社会生活を送るというのがやっとでした。自分自身で様々な書籍を読んで「脂の摂取を控える」「亜鉛を摂る」などの共通する項目は、積極的に実践しましたが好転することはありませんでした。

     今回、顔面に使用していたステロイド調剤を使い切り新しいケースを下ろし塗布したところ、今までになかったような鋭い切れ味を感じました。少しおかしいとは感じたものの3日続けて使用すると、全く効かなくなりコントロール不能の状況となりました。数日間仕事を休んだところ、職場の同僚に松本医院を紹介してもらい、インターネットを閲覧し受診させてもらうこととなりました。
    <松本医院での治療経過>
    ~3週目  2010/03/26  IgE:1344 LD:316 リンパ球:19.9
    初めの1週間は、仕事を急に休めないことから穏やかな漢方を処方してもらいました。顔面の赤みが強く出てはいましたが体全体には症状は及んでいませんでした。2週目より、最も効きの強い漢方に変更してもらい仕事も長期休職に入りました。
    漢方生薬の変更と同時に、一気に顔面はただれ始め全身までも赤くなっていきました。また数時間ごとに、体の一部が今までに体験したことのないような激しい痒みにおそわれました。掻いても良いとは教わっていましたが、その痒みに本気で掻いてしまうと取り返しのつかないことになりそうで、かといってアイシングして免疫を抑えることにも抵抗があったので、ただただ耐えるだけでした。結局、肌の症状は、両足の甲までただれてしまう状態で、手のひら・足の裏と漢方浴剤がよく絡まるからか頭部と陰部以外は何らかの症状がでました。ステロイドを殆ど塗っていなかった内腿に激しく湿疹が出たかと思うと、一番多用していたはずの前額部は案外ただれが少なく感じ、ステロイドの塗布部位には余り関係なく症状が出ているような印象でした。規則性なく出現する症状には、次はどうなるのかと恐怖心でいっぱいでしたが、免疫系が素早く大量に効率よく異物を排除できる部位を選んでる、と納得するようにしました。
    1日6時間の漢方浴以外の時間は、全身真っ赤で酒によっぱらったような火照った状態で、突如襲ってくる痒みに怯え、顔面のただれと大量の眼脂の不快感に耐えるという苦しい生活でした。睡眠も、身体症状だけでなく恐怖や不安などの精神的な緊張の影響が強かったのか、朝方にウトウトできるぐらいでした。なお3週目の終わりには、漢方浴剤で茶色になっていた肌は一皮剥けた状態となり、まだまだ症状は出ており入浴後には悪寒を伴うことはあったものの、今までにない柔らかい肌となりました。

    ~7週目  【2010/05/07  IgE:1802 LD:341 リンパ球:25.8
    相変わらず上記の急性期の状態は継続し、復職の目処も立たないことから苛々し始めた時期でした。このまま心身ともにアトピーの症状に翻弄され続けるのに良くないと考えるようになり、この状況に積極的に関わってくように決めました。
    精神的には、6時間入浴の際には大量のリンパ球が異物に対し果敢に攻めている様子やステロイドに侵された肌の細胞がどんどんと入れ替わり癒されていく状態をイメージし、漢方生薬を飲む際にはリンパ球の栄養剤だと思って浴びせるように飲みました。また、経過に不安を感じた時には、松本先生の論文を何度も読み返して治るものだと確信し、通院時にはリウマチの患者さんの手記を読んで自身を励ますようにしました。身体的には、入浴後に暗くなってから1時間程度の散歩をとるようにしました。
    こうした心身両面での変化が症状に良い影響を与えたのか、7週目より肌が奇跡的な回復を始めました。顔面のただれの面積が日に日に減少し、突然浸出液がでることもなくなり、眼脂の量も減り、全身の赤みも落ち着いていきました。

    ~13週目 【2010/06/11  IgE:1885 LD:218  リンパ球:29.9
    6月上旬になると、今までは通院と夜間に散歩をするぐらいしか外出が出来ませんでしたが、昼間も買い物に出掛けられる位にはなっていました。今までになかった深層部から吹き出物はあるものの痒みは殆どなくなり肌の状態は落ち着いていたので、余裕をもって7月からの復職を考えるようになっていました。

    ~26週目
    7月より職場復帰する予定となっていましたが、14週目より顔面の痒みが増し胸部や腕に湿疹が激しく出始め、ゆるやかに2度目のリバウンドに入ったと思われたため職場復帰は延期となりました。夜間の散歩もできない状態となりましたが、初発のリバウンドに比べると両耳がただれはしましたが、顔面全体がただれることもなく不快感は少ないものでした。穏やかに症状が進行しだらだらと遷延するという感じのリバウンドでした。

    ~31週目 【2010/09/24  IgE:1913 LD:216  リンパ球:31.2
    27週目より、前回のリバウンドの時よりもかなり緩やかな感じでしたが回復が始まったように思います。直ぐに回復が進んでいるとは実感できませんでしたが、2週間もすると痒みが少なく湿疹の面積も少なくなっており確実に回復期に入っていると分かるようになりました。31週目にて、両耳に若干
    のただれは残ってはいるものの、顔面・体全体ともに6月の上旬ごろよりも良い状態となり日常生活には全く支障のない状態となり安心して職場復帰できるまでになりました。

     

    <6ヶ月間の感想>
    今回、職場の同僚の紹介により、松本先生と出会うことができた私は本当に幸福です。
    もし、私の人生に松本医学、そしてこの6ヶ月がなければ、この先どうなっていたのだろうかと恐怖に慄く思いです。実際に松本先生の治療を体験し勉強することができたのは、単に私の健康や人生のためになっただけでなく、家族や友達といった周囲の大切な人たち、そして私の後に続いていく子孫にとっても、何にも代えられない貴重な財産となった嬉しさでいっぱいです。
    上記の経過は感情をはさむことなく書かせてもらいましたが、今までアトピーのために、高校中退し将来の夢を諦めたり、スポーツができなくなったり、思うように仕事に集中できなかったり、そして親との葛藤、他者からの中傷や軽蔑、医者らの侮辱を味わったりと、ここでは書ききれないほどの辛く苦しく悔しい思いばかりをしてきました。高校中退した頃は、将来を悲観し死ぬことばかりを考えていました。常にアトピーに翻弄され続けてきた人生でした。そして、これがなければ社会から脱落し存在を抹殺されると自分に言い訳し、ステロイドに依存し続けてきた10年間でした。
    しかし、松本先生との出会いで、今までの全てがひっくり返りました。
    ステロイドを継続することの疑念、継続し続けた老後の不安、両親に対する恨み、子どもへのアレルギー遺伝に対する消極的な姿勢、自分の代で生命を絶つという先祖に対する不敬、アトピーの原因が明確に説明されないことによる自分は不健康という刷り込みと自尊心の低下。数え切れない負の感情、後悔だらけの過去と将来にわたる問題、これら全てが解決され明るい気持ちでいっぱいになりました。
    この6ヶ月は、特に1度目のリバウンドが激しく、今までステロイドに安易に依存しきってきた私にとっては非常に苦しいものでした。ここまで耐えて更に前向きに治療を行ってこられたのは、松本医学が一切免疫を抑えなければ必ず免疫寛容を起こし治ると証明し確立された治療法であり、「絶対治すよ」「きれいになるから」と激励して下さった松本先生、そして激しいリバウンドを乗り越えそれを手記にして伝えて下さった先輩方のおかげに他なりません。本当に、松本先生、医院のスタッフの皆様、アトピーの先輩方に感謝しています。
    10月1日より、職場復帰できることになりました。働ける嬉しさから頑張り過ぎないように、仕事、プライベートともに楽しんでいきたいと思います。

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